決別と立ち直り
自作PC卒業

愛猫が瀕死の時、パニクって4万超えするディスプレイを壊した。
壊したところで愛猫が生き返るわけでもないし、意味が無いのに。
結局、愛猫はその後、逝ってしまった。

それで気づいたことがある。
私が柄にもなく自作PCをなぜ始めたか?
全て辿っていくと愛猫の点滴が始まったころとタイミングが重なるのだ。
つまり私は愛猫の苦しさに耐えきれず自作PCなどという柄にもないことをはじめ、逃避していたのだろう。
だからオープンシャーシのPCを組み立てた瞬間、いなくなった愛猫のことをふうっと吹っ切れたような気がし、もう全てがどうでも良くなってしまった。
もういいPCなんて動けばいいや。
だからもうPCなんて二度と自作しないし、今あるのが全部壊れたらMacだけでいいやと思った。
一週間の喪中
愛猫の葬儀をしたのが2026/4/3(金)だった。
仏教徒でもないので喪中とかないのだが冷却期間として2026/4/13(月)までBlog更新はしないことに決めていた。
4/14(火)になったので活動を再開し、あの日の事も振り返って書く気にようやくなった。
たくさん泣いて、泣きながら花を添えて送りだした。
Blogには載せないつもりだったけど、このGitHubアカウントが消えない限りここのデータは恐らく消えないぐらい頑丈なので、残しておこう。


多分、私の愛猫の愛する気持ちは一生誰とも分かち合えない。
そう思っていたが、親友が「長生きできて幸せだったと思うよ」という言葉には救われたような気がした。
あまり攻撃的なことを言いたくないが、何の励ましもない「気の毒でしたね」なんて私にはクソクラエぐらいの怒りが出てしまう。
だからBlogもおとなしくし、誰にも何も言わなかった。
私は言葉で生きているので言葉を紡ぐ事のできない人の気持ちがよく分からない。
言葉にできないなら沈黙しておくか、余計なことは言うな、と思う。
でも、暖かい言葉をもらってるんだから、素直に感謝すべきなのだ。
頭では分かっているが、きっと私は世界で一番の悲劇のヒロインみたいな感傷で自分を特別扱いしたいのだと思う。
だからもうこの件は触れないし、そっと引き出しに収めておく。
愛猫のモニュメントは既に撮影済みの私の遺影の隣に飾られることになっているので楽しみだ。
執筆活動
執筆活動はBlogじゃないので続けていた。
とてもいい時間をすごせたので少しだけ振り返ってみる。
友人の盲点を突く
友人が新作執筆で煮詰まってあーだこーだ言うので付き合って話を聞いていくのを何日か繰り返した。
分かったのは友人は問題と疑問が混ざっており交通渋滞をおこしていたので、「解決している疑問」と「未整理の疑問」に整理してあげた。
そこから逆算して「見落としている可能性のゾーン」を指摘し、そこを重点的にしたらいいのではないかとヒントを出すと勝手に答えを見つけたようだ。
盲点をうまくフォローできているかは未来にならないと分からないけど、役に少しでも立てていたらいいなと思う。
私の弱点は写経不足
プログラムで上達するのは写経をすることだ。
どういう仕組みでできているか理解するよりも動くものを先に作る。
その上で、いじくり回してなぜ動くのか逆算していく方が早い。
で、小説はどうなのか作家の友人に聞くと、自分も写経をしていると教えてくれた。
これは大発見であり、救いでもある。
プログラミングと同じアプローチで私は上達する可能性があるのなら、素直にそうすれば良い。
ロジックで動いているようで私は感覚派ななので写経という感覚的なもので体で身につかせるがアリとお墨付きもらえて良かった。
二回の編集指導で弱点を学ぶ
作家の友人にわざわざ編集指導をしてもらった。
忙しいのに丁寧な指導をしてくれてとても嬉しかったし、救いになった。
長年、ずっと思っていた疑問の答え合わせができたように思うし、自分の道が見えてきたように思う。
結局の所、他者の作品をよく研究し、研鑽するしかないのだけど、私にはまだいまいち研鑽の方向性に自分自身の不安がある。
その点で、これからも友人の助けを得たい。
助けてもらえたら嬉しいなと思う。
ずっとそういう関係になれるような高い言語知性をもつ友人が欲しかった。
私に言葉で「なるほど」と言わせる人は少ない。
この友人関係を大切にしていきたいと思う。
あとAIは無能だ。






